話題のドラマ第9話から考える。「人生詰んだ」というこどもの絶望と親の焦り

不登校支援の考え方

いよいよ次回が最終回となる、話題のドラマ「タツキ先生は甘すぎる!」第9話。

今回は、不登校支援をしていると避けては通れない「家庭内暴力」「親の過干渉」「こどもの絶望感」という非常に重いテーマが描かれていました。

現場の支援者の視点から、いくつかのポイントに絞って感想と心の整理をしてみたいと思います。

正論は「信頼関係(ラポール)」がないと届かない

ドラマの中で、家庭内暴力を振るう息子の蒼空に対し、代表のキョージュが「どんな事情があろうと暴力は良くない」と諭すシーンがありました。

もちろん、社会のルールとしてそれは「正論」です。

しかし、支援の現場の視点から見ると、この台詞には少し引っかかりを覚えました。

なぜなら、こどもとの間に「ラポール(信頼関係)」ができていない知らない大人に正論を言われても、こどもの心には何も響かないからです。

そもそも蒼空は、これまでに親から心を深く傷つけられるような関わり(心理的虐待に近い状態)を受けてきました。

自分で自分の感情をコントロールできなくなるほど追い詰められているこどもに対して、関係性が希薄な大人が「暴力はダメだ」とだけ伝えるのは、あまりに酷なことだと感じてしまいます。

「ボタンの掛け違い」では済まされない親の過干渉

ドラマでは、父親(タツキ)が蒼空に対して、怒鳴る、読んでいる漫画を取り上げる、ゲーム機を取り上げる、寝ているのを無理やり起こして朝食を食べさせるといった姿が描かれていました。

母親もそれを止めることができず、全責任を押し付けて離婚しています。

親御さんがこどもを想うがゆえの行動と、こどもが望んでいたことがズレてしまうことを、よく「親子のボタンの掛け違い」と表現します。

しかし、タツキの行動は単なる掛け違いで済ませて良いレベルを超えていました。

「何とか学校に行かせなきゃ」という強烈な焦りから、不適切な不登校ビジネス(無理やり引き剥がすような手法)に頼ってしまったのでしょう。

親御さんが追い詰められて余裕を失うと、良かれと思った行動が、結果的にこどもの心を決定的に壊してしまう(自殺未遂や家庭内暴力につながる)という恐ろしい現実が描かれていました。

「人生詰んだ」という、こどもの生き地獄

「人生詰んだ」

ドラマの中でこどもたちが語り合うこの言葉は、実は私自身も、支援の現場で不登校のこどもから言われたことがあります。

大人からすれば「たかが学校を休んでいるくらいで」と思うかもしれません。

しかし、たかだか15年ほどしか生きていないこどもにとって、学校が世界のすべてです。

親のほうも不適切な不登校ビジネスに頼るほど焦ってしまうのですから、こども自身も将来について内申では焦っているのです。

蒼空も智己も、そのことに絶望して自殺未遂を起こしてしまったほどで、それは死ぬこともできず、かといってまともに生きることもできない「生き地獄」のような重い絶望なのです。

だからこそ、あそこまで自分を思い詰めてしまったこどもには、正論や無理な登校刺激ではなく、同じ痛みを分かち合える当事者同士の対話や、すべてを受容してくれる「安心の土台」が絶対に必要になります。

現実はドラマのように簡単ではないからこそ

ラストシーンでは、蒼空が「本当はどっちなんだよ」と父親に問い詰める場面がありました。

これは、フリースクールという場に来て、新しい父親の一面を知ることができたからこその問いであり、大きな前進だと思います。

次回はいよいよ最終回。

ドラマとしては大団円を迎えるのだと思いますが、現実の不登校支援や家庭内暴力の問題は、ドラマのように短期間で簡単に解決するものではありません。

だからこそ、こどもが絶望してしまう前に、そして親御さん自身が焦りから不適切な対応をしてしまう前に、どうか私たち「第三の大人」を頼ってください。

ティーンズ・プレイスでは、「初回相談(60分・無料)」をご用意しています。

「こどもにどう接していいか分からない」「親としての自信を失っている」というお気持ちのままで構いません。

ご家族が追い詰められる前に、まずは一緒に状況を整理していきましょう。