新学期のプレッシャーからこどもを守る。学校でも家でもない「第三の居場所(大人)」が心を救う理由

不登校支援の考え方

3月も終わりに近づき、もうすぐ新学期が始まります。

この時期は、保護者の方の心の中に「学年が変われば、クラスが変われば、もしかして行けるようになるのでは?」という期待がどうしても膨らみやすいタイミングです。

そして、こども自身もその期待を敏感に察知しています。

家庭の中に「学校」というプレッシャーが漂い始めると、こどもは「やっぱり自分は学校に行かないと価値がないんだ」「親に迷惑をかけているダメな人間なんだ」と、自責の念を深めてしまいます。

そんな時、こどものすり減った心を救い、エネルギーを回復させる大きなきっかけになる存在があります。

それが、親でも先生でもない、「第三の居場所(大人)」です。

こどもは「学校ありきの会話」に傷ついている

不登校になると、こどもが出会う大人は基本的に「親」か「学校の先生」のどちらかになります。

親も先生も、こどもの将来を心から心配しているからこそ、どうしても会話の軸が「学校」になりがちです。

「明日は行けそう?」
「体調はどう?」
「少しだけでも教室に行ってみる?」

愛情からの言葉であっても、こどもにとっては「学校に行けるかどうかで自分を評価されている」ように感じられてしまいます。

常に「学校というフィルター」を通して自分を見られることは、こどもにとって想像以上に苦しいことなのです。

存在そのものを肯定してくれる「第三の大人」

私がこれまでに支援してきたこどもたちや、不登校から回復していった若者たちの話を聞いていると、彼らが「心がふっと軽くなった瞬間」には、ある共通点があります。

それは、「自分が学校に行っているかどうかに一切触れず、ただ自分自身の好きなことや、自分という存在そのものに興味を持ってくれた大人」に出会った瞬間です。

たとえば、勇気を出して支援機関に行ったとき。

「どうして学校に行けないの?」と原因を探られるのではなく、 「昨日あのゲームの新作出たよね! やった?」 「そのキャラクター好きなの? いいね!」 と、ただ純粋に自分の「好き」を共有し、笑い合ってくれる大人がいた。

その時、こどもは「学校に行けていない自分でも、ここにいていいんだ」「自分という人間を認めてもらえた」という深い安心感を得ます。

状態(学校に行っているか)ではなく、存在(その子自身)を丸ごと肯定してくれる「第三の大人」との出会いが、こどもが自分らしさを取り戻すための強烈な光になるのです。

親は「第三の大人」にはなれなくていい

このお話をすると、「私がこどもにとってそういう存在にならなければ」と背負い込んでしまう保護者の方がいらっしゃいます。

ですが、それはとても難しいことです。

親である以上、こどもの将来を心配するのは当然であり、完全に「学校」を切り離して接することはできません。

親御さんが自分を責める必要は全くありません。

だからこそ、外部の支援者や「第三の居場所」を頼っていただきたいのです。

ティーンズ・プレイスでは、「学校復帰だけを目的・ゴールにはしない」という方針を掲げています。

まずは1対1の面談で、時には一緒にゲームなどの遊びを交えたり、沈黙を共有したりしながら、こどものペースに合わせて「学校の枠組みを外した、ただの一人の人間としての対話」を重ねていきます。

新学期が近づき、「親の私の方が焦って苦しい」「こどもが家庭の中で息苦しそうにしている」と感じたときは、ぜひ一度ご相談ください。

こどもにとっての安全な「第三の居場所(防波堤)」として、ご家庭に静かに伴走させていただきます。

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