いじめ、部活の理不尽、家庭内暴力。葛藤のなかで達観した私の中学時代

不登校支援の考え方

次は、中1・2年の話です。

「五月雨登校(行ったり休んだり)。いじめや家庭内暴力」の時期です。

学校の課題

今回は予告の時点で「いじめ」と書いていたので、先に「学校の課題」からいきましょうか。

自分へのいじめの前に、他の子がいじめられていたんですよね。

いじめというか、暴力を振るう子、振るわれている子、周りで囃し立てている子という感じで、私は囃し立てている子たちの邪魔をするという感じでした。

暴力を振るっていた子はそれこそ家庭のストレスの発散をしていたようで、暴力を振るわれていた子自身が「Aくんより周りで囃し立てているやつらが嫌い」と言っていました。

優しい子だから、Aくんの家庭での辛さみたいなものは理解してあげていたようです。

で、よくある話で囃し立てている子達を邪魔していたら、自分がいじめのターゲットになったという感じです。

暴力は中学男子あるあるの戦いごっこ程度だったのですが、物を隠されたりが結構鬱陶しかったですね。

上靴が誰も掃除していないような埃だらけの場所に捨てられたりしました。

暴力も一度、クラスの男子ほぼ全員から囲まれるということがあったのですが、元々が暴力的なこどもでしたからね。

いわゆる学級委員長まで加わっていたのに腹が立って「全員泣かしたるからタイマンで来いや!」とキレたら収まりました。

一方的に殴りたいだけとか、周りのノリに合わせていただけという感じだったでしょうから、本気でやり返されるのは嫌だったのでしょう。

ただ、よく言われる「いじめられたらやり返せ」なんて私は思いません。

私の場合は「キレたらヤバい奴」ということを同じ小学校の子は知っていたし、なぜか上級生の番長的な子達に気に入られていたので、そういう意味でもリンチに遭う危険性が少なかっただけのです。

さて、これだけ書くと「放置していた学校の課題」という感じなのですが、一応放置はしてなかったです。

学校行事を通じてクラスの連帯感を……的な間接的な手法でしたけれど、それはそれで最初に書いた他の子へのいじめも収まりましたから。

まあ、半年くらいかかったのは問題かもしれませんが。

支援者の視点だと、いじめはあっても学校には通っているわけで、逆にいじめられているなら学校には行かなくて良いなんて安易に言うのはNGですね。

それを決めるのはこどもなので、しっかりとこどもの声に耳を傾ける必要があるでしょう。

専門家の視点だと、時代的に中学校でも担任の権限が強かったんだろうと思いますね。

中学校は教科担任制ですし、少なくとも今は学年会議を定期的に開いてチームで動いているように思います。

立場上知らないだけかもしれませんが、学校内で大きないじめって4年以上勤務していて私は知らないんですよね。

今はSNSトラブルも含めて、学校外でのいじめのほうが主流になっているようではありますが。

家庭の課題

あまり小学校から変わっていないのですが、父親に前歯を折られたとか、殴られた拍子に頭から窓ガラスに突っ込んで……なんてことがありましたね。

逆に家庭内暴力として、私が母親をボコボコにするということもありました。

警察沙汰にもなりましたが、今でも「自分が被害者のときには何もしなかったくせに、母親にやり返したときだけしゃしゃり出てきやがって」と思っています。

もっとも、今の警察は民事不介入で簡単に終わらせず、児童相談所や学校ともちゃんと連携するはずですが。

こういうことを書くと、今現在こどもから家庭内暴力を受けている親御さんを追い詰めてしまうのではないかと心配になりますが、逆に今の時代なら迷わず警察を呼んでください。

殴りたくて親を殴っているという子は少ないですし、先に述べたように今は様々な機関が連携して支援に入ってくれます。

というわけで支援者の視点としては、きちんと外部を頼りましょうということになります。

思春期で親に素直に甘えられないこどもも、他人だったら意外と素直に自分の苦しい気持ちを吐き出せるということもありますから。

専門家の視点だと、そもそも前歯を折ったり頭から窓ガラスに突っ込んだりするというのは今の時代なら傷害罪で親のほうが捕まりますね。

小学校の記事にも書きましたけれど、2022年に民法に書かれていた親権者による懲戒権の記述が無くなりましたし、今の時代なら即一時保護の対象になる事案じゃないですかね。

私が受けた研修では「頭を殴るのは命に関わるから絶対に見逃さないように」とのことでしたし、頭から窓ガラスに突っ込むというのは最悪ガラスで首を切って死んでますから。

家庭内暴力のほうは支援者として書いたことと同じです。

今の時代ならご近所さんも即189の児童相談所虐待対応ダイヤルに通告義務がありますよというところでしょうか。

本人の課題

課題でいうなら家庭内暴力になるのでしょうけれど、先に述べた通りですね。

いじめに関しては正義感の強いこどもだったんだなぁという感じです。

そういえば、新卒採用の先生が授業中に女子にいじめられ、泣きながら職員室に帰ったら先輩教員に説教されて、また泣きながら戻ってくるということがありました。

当時は先生がメンタルやられて休職みたいな時代ではなかったですが、可哀想に思ってあえて放課後に勉強を教えてもらっていました。

我ながらすごいと思うのですが、自信を失っているだろう新任の先生を頼る生徒になることで、先生の自信回復を図ったわけですね。

まあ、実際その先生が担当している教科は前から苦手な教科で、教えてもらってずいぶん成績も伸びたのですが。

話は変わりますが、中学になって部活動が始まり、いきなりしごかれるということがありました。

そもそも、見学の時点で上級生に蹴られたりと、今の時代では考えられないような環境でしたね。

入部初日にスクワット500回とか校舎外周10周とか、これも今の時代では考えられないような環境でした。

そのストレスで上級生が下級生をいじめるという構図もできていたのでしょう。

さて、支援者の視点だと、やっぱり本人の話をしっかり聞いてあげるところからでしょうね。

いわゆる中1ギャップの愚痴を聞くだけでもずいぶん違うはずです。

ちなみに愚痴はともかく、私は小学校も中学校も訪問しているので、3学期は小6に絡みまくり、次年度の1学期は中1に絡みまくるようにしています。

小学校の時から変わらずいる変なおっちゃんとして、中1ギャップ解消の役に立ってたら良いなという感じです。

専門家の視点だと、部活動も今は昔ほど顧問任せということも無くなっていると思います。

まあ、正直今でも顧問とのトラブルを聞かないわけではないのですが、逆にちゃんと学校内で問題になって解決に動いているだけでも昔とは違うように思います。

当時の心境

中1のときがいじめ、中2のときが勉強を教えてもらったという時期ですね。

中1のときはやっぱり中1ギャップもあったように思います。

部活に関しては心臓病の検査に引っかかったことを理由にさっさと辞めたので、被害はあまりなかったですが理不尽な大人への怒りは着実に溜まっていました。

いじめは「辛い」というよりは「面倒くさい」という思いのほうが強かったような気がします。

ドラマとかでよくある教科書に落書きとか体操服をハサミで切られる……みたいなレベルではなかったですし。

中2のときは小6の時のクラスメイトの多くと同じクラスになって、学校は楽しかったですね。

いじめもなくなっていましたし……そういえば、他にいじめられていた子も新しいクラスで楽しくやっていると言っていました。

家庭環境は相変わらず酷かったですが、それゆえにいじめに関しては「こどものすること」みたいな変な達観がありましたし、新任の先生への気遣いができるだけの精神的余裕があったことを考えると安定していたのだと思います。

当時の自分への支援

やっぱり「家庭の課題」のほうですね。

そういえば、いじめに関して親に言ったか言っていないか覚えてないです。

それくらい、親を頼りにしていなければ、いじめを大事と捉えていなかったことになりますね。

この頃は力関係が逆転してきて家庭内暴力というのが外部から目立った課題だったでしょうし、それで親が相談に来てくれればこどものケアができたと思います。

親じゃなくてこどものケアなのかと思われたかもしれませんが、私としては暴力を振るってしまうこどものケアが最優先ですね。

先に述べたように、親に暴力を振るったこどもの心も傷ついているので、そちらのケアが必要です。

まあ、私の場合は原因が明らかに児童虐待にあるので、そういう意味では親のケアというか課題解決にも動く必要はあるのですけれど。

ただ、今の時代はもう、そこはきちんと児童相談所に介入してもらうことになるでしょう。

やってる内容的に今の時代ならわりとすぐに一時保護されそうという意味では相談しにくい部分もありますけれど、知ってしまえば周囲の大人や支援者には通告の義務がありますからしね。

逆に強制的な介入(一時保護)にまで至らない段階であれば、スクールカウンセラーや児童相談所で親側のサポートはしてもらい、こどもが家庭内暴力をしなくて良いような環境整理をするかなぁと思います。