こどもが学校に行き渋るようになったとき、「私の対応が間違っているのでは」「どうして普通に行ってくれないの」と焦り、ついお子さんを急かしてしまうことはありませんか?
実は、それは「教育のプロ」である学校の先生であっても同じようです。
先日、東洋経済オンラインに、元公立中学校長である森万喜子先生による『教師の私が「不登校の子の親」になって焦った!』という非常に共感できる体験記が掲載されていました。
今回はこの記事の視点をお借りして、親御さんの孤独と「答えを急がないことの大切さ」について整理してみたいと思います。
「学校のプロ」でも、親になれば焦ってしまう
記事の中で森先生は、ご自身のお子さんが小学生の時に学校を嫌がるようになり、焦って「煽り運転」のようにこどもを追い詰めてしまった経験を振り返られています。
学校は「みんなと同じ」を強く求められる場所であり、それが苦しいと感じるこどもがいるのは当然のことです。
しかし、教員として学校の仕組みを知り尽くしているはずの森先生でさえ、わが子のこととなると冷静さを失い、強い孤独を感じられたそうです。
日々不登校の親御さんのご相談を受けていると、「こんなことで悩むのは自分だけではないか」と孤独感に苦しむ声をよくお聞きします。
ですが、専門家であっても親になれば同じように悩み、焦るものです。
親御さんが今感じている孤独や不安は、親として当たり前の反応なのだと、まずはご自身を許してあげてください。
「即断即決しない」という力(ネガティブ・ケイパビリティ)
では、焦りや不安の中で、どうこどもに向き合えばよいのでしょうか。
森先生は記事の中で、「フィットする学校とそうでない学校がある、と開き直る」こと、そして「即断即決しない(ネガティブ・ケイパビリティ)」ことの大切さに触れられています。
「明日は学校に行くのか、行かないのか」「今後どうするつもりなのか」と、白黒はっきりと答えを出そうとすると、親もこどもも苦しくなってしまいます。
不登校の支援においては、すぐに答えの出ない、宙ぶらりんで不安な状態に「そのまま耐える」時期がどうしても必要です。
答えを急がず、お子さんのエネルギーが自然に溜まるのを待つことが、結果として次の一歩につながります。
言葉を交わせる「サードプレイス」を持とう
しかし、一人でその不安な状態に耐え続けるのは至難の業です。
だからこそ、記事にもあるように親御さん自身が「言葉を交わせるサードプレイス(第三の場所)」を持つことが不可欠です。
「どうしていいか分からない」というモヤモヤした思いを、そのまま吐き出せる場所があるだけで、親御さんの心には少しずつ「答えを急がなくても大丈夫」というゆとりが生まれます。
そして、その親のゆとりこそが、こどもが家で安心できる環境の土台になります。
ティーンズ・プレイスも、親御さんにとっての「言葉を交わせるサードプレイス」でありたいと願っています。
「このままでいいのか」と焦る気持ちも、孤独な思いも、すべてそのままお聞かせください。
一緒に、答えの出ない時間をゆっくりと歩んでいきましょう。