登校=当たり前??

 

大学生になって、はや1ヶ月が経ちました。雪灯です。

今回はタイトルにもあるように、学校に行くことについて考えてみたいと思います。

学校行けない……。

こんな人って、ここに来る人の中には多いと思います。連休明けの今なら尚更多いのかな?

実際、私は高校時代、登校拒否児でした。

1年の2学期からと2年の2学期からは学校行ったり行かなかったりの繰り返し。家にいても勉強するつもりもなくて、当然成績も底辺でした。そもそもの話、1年の2学期からという基礎的なことを1番たくさん学ぶ時期に登校拒否してましたから、わかんないことばっかりで当然なんですよね(^_^;)

おかげで苦手な数学や英語ではどこかで赤点を毎回取っていたし、得意な国語でも古文や漢文の知識はほとんどなかったです。

それでも私は、学校に行くのが本当に嫌でした。

 

学校行く=当たり前??

登校拒否児になってから、いちばん私はこのことに疑問を持ちました。

学校に行けないことは悪いことなのか?

そうやって何度も自問自答してました。

 

私自身は中学校まで、ほとんど「休む」という選択肢を取らない生活をしていました。だからこそ、両親には理解されないことだったのだと思います。「学校行かない」という度に怒られ、理由を根掘り葉掘り聞かれ……。1度だけですが、父親に平手打ちされたこともあります。弟や妹が代休だった月曜日はどうしても学校に行かなくてはならず、泣きながら支度をしたこともあります。それでも、休むことは許されても、根本的な理解は得られませんでした。

両親がそうなら担任にもなかなか理解されません。1年の時の担任にはめちゃくちゃ心無い言葉も投げられました。それ以来、本当に苦手になってしまって、その人の授業も心底出たくないと思った記憶があります。2、3年の時の担任が理解があったことが救いですが。

私は理解されない根本には、『学校行くのは当たり前』という方程式が周りのみんなには当たり前に存在することがあると思います。だからこそ、『学校行かない』という人には『それはおかしい』という感情を抱く。……『学校行かない』ことは、そんなにおかしいことなのでしょうか?

 

当たり前じゃなくていい

私は、別に無理やり学校に行かなくてもいいと思っています。

なぜなら、『その人が笑って生きていること』がいちばん大切だと思うからです。

 

学校に行って、苦しい思いをして、『死にたい』と自らの命を絶つ選択をしてもらうより、『行かない』と言って自分の命や心が壊れないように守ることが大切だと私は思っています。

私は大人には理解されなかったものの、友人には本当に良い理解をもらいました。

『死にたい』とLINEを送ったり口にしたりした時には、全力で止めてくれて。

「いつでも頼ってこい」と言ってくれて、時には抱きしめあったり。

そんな人もいるんです。

 

無理やり学校行ってる人へ。『学校行くのは当たり前』じゃなくていいんです。たまには逃げたってバチは当たりません。

そして、そうじゃない人へ。『学校行くのは当たり前じゃない』ってことを少しでもわかってください。あなたが理解することで、救われる人はたくさんいます。

 

学校行く=当たり前じゃない。

そんな方程式が当たり前の世の中になっていったらいいなと思います。

 

 

 

 

 

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