「ほんとのわたし」は19歳?

こんばんは、たかれんです(*´`)
現在19歳の大学生なのですが、実年齢よりも年上に見られることが多いです。「成人してるかと思った」「仕事している人だと思ってた」なんて日常茶飯事です(笑)。
それはきっと私が「子供ではいられない環境」で生きてきたからで、子供に見られないように、必死に大人のフリをして生きてきたことが根本にあるのだと思います。
小さいときからいろんなことを考え、悩み、苦しんできました。だからたぶん「一般的な19歳」と比べれば、少しは大人びて見えるのでしょう。

正直なことを言えば、こんな19歳どこにでもいると思います。
大学で話していると、ほかの人たちもその人なりの悩み・価値観を持っています。私はたまたままわりにサイトを作ることに関する知識を持った人がいたからサイト運営をしているだけであって、ずっと「私個人の能力」ではなく「まわりの人のおかげ」だと思っていました。
私自身はただの19歳で、特別な能力を持っているわけでも、特技があるわけでも、深い知識があるわけでもなかったからです。数学は好きだったけれど、それは他の子たちが「ドラマ観るのが趣味~」「○○っていう漫画が好き~」というのと同じテンションで、たまたま好きになったのが数学だったというだけの話です。
別に円周率を延々と言えるわけでもなく、難しい数式を解けるわけでも、だれも知らないような特別な数学の用語を知っているわけでもありません。むしろやっていることは、中学校で習う公式の証明や各数字の見た目についてのことなど、中学生でも理解できるレベルのことです。赤色を見て「あたたかい」と感じたり緑色を見て心が落ち着いたりするのと同じように、『5』を見て安心感を抱いたり『1』を見てワクワクしたりする、というだけの話なのです。

強いて言えば「イイ子に見せる」ことは得意でした。
自分の立場をわきまえ、逆らわず、相手の意見をよく聞きいれる。
気分屋(という言葉で表しきれはしないけれど。笑)な両親の機嫌を伺い続ける日々の中で、私なりに学び得てきたものです。

「イイ子」とはどういう子のことを指すのか。
どうしたら怒られずに済むのか。どうしたら愚痴を聞かずに済むのか。どうしたら家で平穏に過ごせるのか。どうしたら存在を否定されずに済むか。考えて考え抜いて出した答えが、「相手の望みに応える」ことだったのです。
両親の望みはその時々によって変わるのでどうしたって応えきれないのですが、もうそれに縋るしかなかったのです。そこに重きを置くことで、「親から大切にしてもらえないのは私が両親の期待に応えられてないからだ」と、自分のせいにすることができたのです。まわりの誰を責めたってどうすることもできなくて、「親のせいにするな」と叱咤されるばかりで、だったら自分のせいにして全部自己否定に繋げたほうが楽だったのです。
「楽なほうに逃げた」と言ってしまえばそれまでなのだけれど、それ以外の道なんて当時の私には見えませんでした。

大人びて見られることも同じようなことで、「大人びている人のように見せる」ようにしているのだと思います。
別にブログ等で仮面を被っているわけではないのですが、仮に自分の中に「頼りたい」「甘えたい」「弱音を吐きたい」といった感情が生まれたとしても、見ないふりをしていました。

子供っぽい私では、ワガママな私では、人に必要とされなくなってしまう。

人に必要とされることでしか自分に価値を見出せない私にとって「人から必要とされなくなる」というのは(大げさではなく)死ぬことよりも苦しいことでした。

それだって、考えてみれば、愛されたかったのでしょうね。
愛されたくて、でもどうすれば愛してもらえるのかわからなくて、「愛して」なんて言えなくて、だからせめて褒めてもらうために、必死に「役に立つ人間」であろうとしたのでしょう。

結果的にそれはいい方向へ働いて、思わぬところで人の役に立てたり、人から感謝されたりしたのですが、ふとした瞬間「あれ、私なんのためにがんばってるんだっけ」と考えることがあります。

今日友人と話していたとき、「たかれんって(まわりからは「大人びてる」みたいに言われてるけど)ほんとは年相応だと思うよ」ということを言われました。
その言葉を聞いたとき、なんだか体が軽くなったような気がしました。

きっと私の中には「19歳よりももっとずっと幼い、子供みたいな私」がいて。専門用語だと、インナーチャイルドっていうのかな。ともかく子供な私がいて、それと当時に大人(ぶってる)私もいて、年相応な私もいて。きっとその三人はバラバラな存在ではなくて、繋がっているのだと思います。

子供時代、子供でいることを許せなかった私は、必死に大人のふりをして生きてきました。
しかしその時、置いてけぼりになってしまった感情もあって、それはそのときの年齢のまま私の中に存在していて。
ずっと気づいていなかった・・・というか見ないふりをしていたのだけれど、「頼っていいんだよ」と言ってくれる人に出会って、「頼りたい」と思う存在に出会って、そのときの年齢のままの私の存在を、やっと認めることができました。

けれどその子は、誰の前でも出せるようなものではなくて、私自身まだ100%認めてあげられているわけではなくて、もっと言えばその子はまだ人に対して臆病な感情を抱いています。
「お前なんかいらない」「生まなきゃよかった」「出ていけ」数々の(本来愛してくれるのであろう両親からの)言葉をまだ鮮明に覚えているのです。
まわりの人は違うと「大人な私」がいくら伝えても、それを信じるのがまだ怖いのです。

そんな、子供と大人の間で揺れ動いている私です。
ダサいし、特に結論があるわけでもないのだけれど、書いたらまたなにか気持ちに変化がある気がして、この記録を残していくことでのちにだれかに何かを残せるんじゃないかと思って、ブログにしました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。おやすみなさい。

鷹れん

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全1件のコメント

  1. さつき 2016/10/28 20:50

    いろんな自分がいて、それでいいのだと思います。

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