「家族は似る」の言葉に、恐怖を感じた。

先日ある番組を観ているときに「この旦那さんとお嫁さん、印象似てきたね」と言ったところ、隣にいた母親が「結局家族は似ていくもんなんだよね」と言ってきました。
その瞬間、私はすごく恐怖を感じたのです。

母親のような人間にも、父親のような人間にもなりたくない。

こんばんは。鷹れんです。

いろんなところでお話しているのですが、私は両親と仲が悪いです。
私にとって母親は、ヒステリックで、悩みを話すと「自分はもっと悩んでた」出来たことを話すと「自分はもっと若いときにこれが出来てた」と言ってくるような人で、私の母親をやめた人です(中学二年生のとき「お前の親なんか辞めてやる」と実際に言われたことがあります)。

そして私にとって父親は、威圧的で自分の間違いに気づけない人で、「自分が一番正しい」と信じて疑わない人で、人の心の動きを想像することの出来ない、「一番苦手なタイプの人」です。

母親からは父親の悪口を言われ、父親からは母親の悪口を言われ育ってきました。

認めてもらえず、信じてもらえず、頼らせてもらえず、聴いてもらえず。父母の口から「ありがとう」「ごめんなさい」をきいた記憶は正直ありません。

ずーっと、「どうして親を愛せないのか」「どうして親からの愛を受け取れないのか」と悩んできたのですが、長い時間をかけてやっと「愛している人を愛せばいい」「親の愛の伝え方も悪い(そもそも愛を持っていたかさえ怪しい……)」などと考えられるようになってきました。

そんな私にとって「家族に似る」というのはとても恐ろしいことなんです。

私には兄も一人いるのですが、正直仲良くはありません。
くだらないことで嫌がらせしてきて、まわりに気配りをすることが出来ず常に自分中心に世界が回っていると考えているような人なので、「家族」という括りで言えば好きな人は一人としていないのです。

小学生のときから親戚に「れんちゃんはお母さんによく似てるねぇ」「若い頃にソックリ!」と言われ続けてきたので外見に関しては諦めているのですが(そもそも外見にこだわるいタイプの人間じゃないのもあります)、母親に「鷹れんは考え方がお父さんに似てる」と言われたことだけは受け入れることができませんでした。確か高校生のときだったと思います。
私の理論的で有る意味ドライな部分を言いたかったのだと思いますが、言ったとおり私にとって父親は「相手の気持ちを想像できない人」。その考え方に似ているというのは、教職を目指している私にとって、ボランティア活動などで人と接し続けてきた私にとって耐え難い苦痛でした。

そんな自分の考えもあり、私は「家族は似る」とは思っていません。
もちろんDNAなどの影響で特に外見やなりやすい病気は共通するものがあると思いますが、「人生において大切にするもの」「価値観」「性格」「人との接し方」などはそういった遺伝的なものよりも環境に大きく影響されると思っています。

家族に似るのではなく、「一緒に過ごす人」に似るんじゃないのかな

私は、こう考えています。
家族に似るというわけではなくて、一緒に過ごす人、ながい時間を共に過ごした人に似る。

人は、人生の中で最も長く時間を共にした人5人の平均値になるんだそうです。
私はまだ未成年で実家暮らしなのでたしかに両親と過ごす時間は長いですが、それでもたかだか人生の中の19年。19歳の私にとって19年は人生ですが、もし私が20歳のときに家を出たら40歳のときには両親と過ごした時間は自分の人生の半分ほどになります。
きっとその頃には、20年よりもっと長い時間を共に過ごしている人が5人くらいはいると思うんです。
40歳。今から21年後。

まだまだ長いですが、辛抱強く「私」をつくっていこうと思います。

鷹れん

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