「子を愛さない親はいない」なんて本気で思ってるんですか?

「子供を愛さない親なんていない」
「親に感謝するのは当たり前」

私は、親に愛されないまま育ちました。親の愛を感じないまま、自分のことを「愛されない子」だと思って生きてきました。
その話をすると、未だに「子を愛さない親なんていない」と言ってくる人がいます。

どうして、そんなことが言えるのでしょう。

子を愛さない親

子を愛さない親は、います。いました。

子を愛しているのなら、どうして15歳にもなっていない子供に向かって「お前の親なんて辞めてやる」と言えたのでしょう。
子を愛しているのなら、どうして本人から話もきかずに「嘘吐き」と吐き捨ててきたのでしょう。
子を愛しているのなら、どうして私は母親から父親の悪口をきかされ父親から母親の悪口をきかされたのでしょう。
子を愛しているのなら、どうして私の生き方や将来の夢を否定してきたのでしょう。
子を愛しているのなら、どうして泣くことを否定されたのでしょう。
子を愛しているのなら、どうしてうちの両親は私の気持ちや言葉を一瞬たりとも聴いてくれないのでしょう。
どうして私には抱きしめてもらった記憶がないのでしょう。
どうして私は家族に関するCMを観るだけで過呼吸を起こしてしまうのでしょう。
どうして私は家の中で「いい子」を演じているのでしょう。
どうして私は泣く時に声を殺すようになったのでしょう。

もう何年も「おとうさん」「おかあさん」と本人に呼びかけていません。
あの二人のDNAが自分をつくっているなんて、おぞましくて仕方ありません。
おぞましすぎて、自分の皮膚を削ごうとする時期もありました。首を絞めたこともありました。まわりに言ったことはないけれど、OD(薬の過剰摂取)をしたこともありました。自分で自分を殴ることもありました。

親からの愛を受け取れない私が嫌いでした。
親を許せない私が嫌いでした。
親のことを思い出すと傷付けられた思い出ばかりの自分の脳みそが嫌いでした。
親を愛せない私が嫌いでした。

自分のことを否定して、傷つけて、苦しんで、責めつづけました。
何度も親を愛そうとして、親の望む子になろうとして、親を、過去を、すべてを許そうとしました。
けれどやっぱり出来なくて、何度やっても出来なくて、また自分を否定する日々。

親に捨てられたのは14のときでしたが、親(の価値観や望むこと)を捨てられたのは19歳になってからのことです。

それでも未だに苦しみ続けています。
「家族に感謝を伝えよう」とか「母親の大変さを知ろう」みたいな家族がテーマのテレビは避けますし、CMでさえ平常心では観られません。親から言われたこと、されたことがフラッシュバックして部屋で発狂しそうになることもあります(実際にすることも…)。家へ帰ってきたときにマンションのロビーや階段、ドアの前で体が急に止まることもあります。足が動かなくなることもあります。
父親が帰ってくると、私は部屋に篭ります。パソコンで作業をしたり読書をしたり動画を観たり、イヤホンを耳にはめて音楽を聞きながら、不安定になる心を必死に抑えてひたすらひとりの世界に入り込もうとします。それでも父親の足音や声、生活音が聞こえるだけでひとりの世界から引きずり出されて、とたんに心は不安定になってしまいます。

もちろん、ここまで生きてこれたのは両親がいたおかげです。熱中症になったときに看病していただいたこともありましたし、あたたかい思い出もゼロではありません。でも、それでも。そのあたたかい思い出を遥に凌駕することが多すぎるんです。思い出したくないこと、傷ついた言葉が、多すぎるのです。

私の母親は、なんのトラブルも無ければ普通の人です。私が愚痴や弱音を吐かなければ、相談しなければ、褒めてもらおうとしなければ、主張しなければ普通に仲良く出来ます。一緒に買い物に行くことだってあるし、今日も一緒に出かける予定です。

それでも、やっぱり全てを許すことは出来ません。

どんな人でも失敗はします。言ってはいけないことを言ってしまうこともあるでしょう。素直に伝えられないときもあるでしょう。相手の気持ちを尊重できないときもあるでしょう。傷つけてしまうことも、傷つけられることもあると思います。

でもそれを理由に許すには、受け入れるには、水に流すには、私の心は傷つきすぎました。幼すぎました。十数年傷つけられてきて、最近やっと「傷ついた」ということを受け入れられるようになった程度です。「親から愛されなかった」「私は虐待を受けていたのかもしれない」「親の言うことに従わなくたっていい」どれも私が19歳になってから自覚・決意できたことです。

私には、両親の「ありがとう」「ごめんなさい」を聞いた記憶がありません。ちょっとしたこと(遅刻とか)で「悪い悪い」程度のものは聞いたことがありますが、どれだけ汚い言葉で非難された後でも、どれだけ否定された後でも、さもそれが無かったかのように普通の態度で接してくるのです。体調不良の母親の代わりに家事全てをやっても、誕生日のプレゼントを用意しても、私が思いつく限りの「いい子」でいても、決して「ありがとう」と言ってもらうことはありませんでした。

別にいまさら感謝してほしいとも謝ってほしいとも思っていません。そういう意味では、私はとうの昔に両親に「親」という役割を求めることを「諦めた」のかもしれません。
今はただ、邪魔しないでほしいと思っているだけです。私の人生を、私の成長を、私の生き方を邪魔してほしくない。それだけです。

子を愛さない親はいます。
いないのは、「親を愛さない子」ではないでしょうか。親を捨てられたら、楽かもしれないのにね。

鷹れん

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全4件のコメント

  1. 鷹れん 2016/7/15 18:58

    想像者さん
    コメント有難うございます(*´`)
    たしかに、親は親である前にひとりの人間だし、子どもも子どもである前にひとりの人間ですね。
    どんな人にも合うものと合わないものがあるのでしょうし、人間関係だって好きな人との付き合いだけでよければ悩みはもっと少なくなるのかもしれません。
    しかし「家族」とか「クラスメート」とか、なにかひとつのグループに所属した瞬間に「一緒にいて当然」「分かり合って当然」「愛し合って当然」のような考えが少なからず生まれてしまいます。
    そうやってカテゴライズしないで、一対一で付き合いできたらどんなに楽か(´-`)

  2. 想像者 2016/7/14 22:38

    私は、親は親である前にひとりの人間で、それは子も同じだと考えています。
    だからたとえ親が子を愛していないことがあっても、子が親を愛していないことがあっても、人間なのだから仕方がないのかもしれません。
    そう考えているのに、親の考え方や価値観を自分の考え方と切り離すのはとても難しいし苦しいことだと思います。

  3. 鷹れん 2016/7/12 12:03

    まめしばさん、お久しぶりです!
    コメントありがとうございます♡
    何か伝わるものがあれば嬉しいです(*´▽`人)

  4. まめしば 2016/7/11 18:54

    ちょっとblog見て感動した

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