人へ向けたものは、必ずかえってくる?

「お前の親なんかやめてやる」「お前なんか生まなきゃよかった」「お婆ちゃんは鷹れんの笑顔が嫌いだったよ」
「あんたのことなんかみんな嫌ってる」「学校じゃ菌って呼ばれてるの知らないの?」「学校来るなよ」

生意気。きもい。汚い。うざい。しつこい。冷たい。先生にぶりっ子している。チクリ魔。菌。邪魔者。へたくそ。

これまでの人生の中で、たくさんの言葉を受け取ってきました。
親から。クラスメートから。先生から。バイト先の人から。友達から。

幸い「死ね」と言われたことはありません。近しいものは言われたのかもしれないけれど、きっと言われたとしても、受け止められなくて記憶を消去していると思います。現に広島の「原爆ドーム」に行った記憶は私の中には残っていません。

私の心には、今も傷が数えきれないほどついています。

しかし、言葉によってその数々の傷はすこしずつ癒されてきました。
まだ完治には遠いけれど、どうにか生きる力を失わない程度にはやれています。

ときに、相手を励ますために。ときに、自分を鼓舞するために。ときに、相手に「気づき」の機会を用意するために。ときに、自ら自身を傷つけるために。私はこれまで、たくさんの言葉を発してきました。
手紙、ブログ、会話、形はそれぞれだけれど、自分の価値観と相手の価値観のズレは話してみないとわからないから、なるべく不必要に相手を傷つけないように、毎回自分なりに精一杯悩んで言葉を選んでいます。それでも傷つけてしまうことがあるから、コミュニケーションというのは簡単じゃありませんね。

精一杯悩んできたけれど、それでも、これまで数えきれない人を傷つけてきたと思います。

ときには、一時の感情に振り回されたりして口汚く罵ってしまうこともあります。

そういう時には、私の心にも傷がつきます。
傷つけてしまった。あんな言葉を言ってしまうなんて。本当はもっと違うことを伝えたかったのに。かなしかっただけなのに。なんで私は繰り返してしまうんだろう。何度も何度も悩んだはずなのに……。

まぁ、傷ついたからなんだって話なんですけどね。すべて傷つけてしまった私の責任なので、そこは重く受け止めるしかありません。

つまり何が言いたいのかといえば、「人にしたことは返ってくるよ」ってことです。

人にしたことは、返ってくる。

これは別に、相手が仕返しをしてくるとか、罰が当たるとかいうことではありません。

人がだれかに悪意ある言葉を向けたときって、ナイフを振り回しているようなものだと思うんです。
でもそのナイフはただのナイフではなくて、持ち手にも刃がついているんです。

だから、振り回すたびに、強く握るたびに、相手に刺さるたびに、その言葉を発した人自身も傷ついていく……みたいな。伝わるでしょうか。

血だらけになった手をかざして「私も傷ついた。私も被害者。私もかわいそう」なんて泣き叫ぶことはできないけれど。まぁ、因果応報ってやつです。

これは「傷つく言葉」に限ったことではありません。

私はこれまでボランティア活動や学校などで、たくさんの人の悩みを聴かせてもらってきました。アドバイスさせてもらうこともあれば、相手が気付くお手伝いに留めることもあります。話を聞くことしかできないときもあります。

なるべく、相手が願うかたちになれるように、考えて考えて考えて言葉を紡いできました。
同じ悩みだとしても人によって、状況によって必要な言葉は違ってきます。

私が不登校のときにはただ「いていい」という言葉だけで十分でした。けれど人によっては「学校に行く後押しがしてほしい」という人もいるだろうし、「何の言葉もかけないでほしい」という人もいると思います。不登校の人にはこう言えばいいとかこの悩みにはこうすればいいとか、正解なんて、ありません。

そういうときには、いつも以上に気を遣います。
この言葉で勘違いを生まないか?相手を傷つけてしまわないか?自分が後悔しないか?
ありとあらゆる可能性を考えて、今の自分にとって最善と覚えるまで長考して、やっとの思いでひとつひとつの言葉を紡いでいきます。

結果的に「ありがとう」と言ってもらえることもあれば、自然消滅してしまうこともあれば、「そんなことを言うなんて!」と怒られることもあります。受け取るものはそれぞれだけれど、人のためにその人のことを想って言葉を考える時間は、私にとってかけがえのない宝物です。

よく「自分も大変なのに人の相談にのってる余裕なんかあんの?」と言われることがありますが、その宝物をいただけるだけで、自分の大変さなんてどうでもよくなってしまうのです。もちろん限界は突破しないように気を付けているけれど、もし今目の前に100人の「死にたいくらい悩んでいる人」がいたら、きっと私はその100人すべてに手を差し伸べようとすると思います。
それはたぶん、物心ついてから今までずっと変わらないでいる信念のようなものです。
前と変わったといえば、それを「一人でやろうとしなくなった」ということくらいです。

私は夫婦間の悩みや仕事上での悩みはまだわかりません。「転職したい」「休職したい」といった方々の悩みを聴くことはできても、具体的にアドバイスをすることはまだできないのです。
以前はそれでも無理してこたえを出す手伝いをしようとしていたけれど、今は「適材適所」だと思っています。
すべての手を私がとることが重要なのではなくて、すべての手を責任もって離さないことが大切だと思うから。

ときには私自身もだれかの手を借りながら、やっていこうと思います。

そうやって差し出された手を掴んだときにもらう「宝物」のあたたかさを、私は知っているから。
鷹れん

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