高校受験体験記

こんにちは、kuaです。まだまだ寒い日が続くものの、春の匂いがしてきた今日この頃。こちらはもう梅がほぼ満開です。桜はもう少しかかりそうですが… 皆さまのところはどうでしょうか。

ところで、私は先日高校受験を終え、中学も卒業し、高校生活に向けて切り替えていっているところです。この高校受験について、体験を交えつつ(というより体験をもとに)書いてみようと思います。

 

受験をあまり(正確にはまったく)意識していなかった頃のことから書いていきます

もともと私は、そんなに上を目指していなかったし、志望校も前からはっきりと決まっていたわけではありませんでした。それでも、塾の一番上のクラスのテストに何とか受かり、通わさせてもらえることになりました。しかし現実はそう甘くなく、難しい問題にぶつかると手が止まって国語以外は100点満点中40点なんてざらにありました。一番苦手な教科では、20点台をとってしまったこともありました。そのくらい、まあ所謂「クラス内の落ちぶれ」のようなものだったのです。

そうこうするうちに何度も心が折れかけ、段々と学力が高くなっていたのでしょう。ある日突然それを知りました。そして愕然。そういえばこの問題、前はまったく手が出なかったやつじゃん…。と。だからといって学ぶ楽しさを理解した!という展開にはならない私でしたが…

季節は過ぎ、徐々に学力がつき、次第に周りの人たちの受験校が固まっていく中、私は県立と国立で迷い始めました。昔から憧れがあった学校か、説明会で憧れを抱いた学校か…と。

とりあえず志望校は迷ったままにして、試験日の近い国立の勉強に力を入れ始めました。しかし、まあできないできない。苦手な科目の得点は悪くて満点の4分の1、良くても3分の1。本当にできなかったのです。しかし、もともと何故か点数のとれた教科と徐々に伸びてきた教科がありました。戦えるんじゃないか、というところまで何とか持っていって、いざ受験。

当日の感触は、「絶対落ちた」です。

でも、このときは軽い気持ちだったし、心のどこかでは受かるのではないかと期待していた私がいました。

しかし感触は正しかった。合格発表の日、自分の受験番号のない紙を、紙切れを、たった一度見てそのまま帰ることになりました。ああ、この学校にはもう2度と来ないのだなと思いながら。そして隣を歩くのは、合格者だけがもらえる書類の入った封筒を握りしめた、同い年の中学3年生。数日前は一緒に同じ試験を受けたのに、その点数によって、ただの数字によって、運命はこんなにも違うのだと。そう、運命。この日は、運命という言葉をやたらと思い浮かべていた気がします。それから、無駄という言葉を。

今まで自分は、できることを精一杯やってきたつもりだった。できることを、出来る限り、無茶はせず…と。無茶をすればよかったのか。毎日徹夜で勉強すればよかったのか。そして、ものすごい虚しさや情けなさが押し寄せてきました。ああ、今までの勉強は全部無駄だったんだ。かけてきた労力も、使い込んだ過去問も、この「落ちた」と悟る一瞬のためにあったのか…、と思ってしまったのです。

泣きました。自分でも驚くくらい。1ヶ月もあかずに今度は県立の試験があるので、国立の準備ばかりして県立の準備をほとんどしてこなかった私は、泣いている暇なんてないのは分かっていました。でも涙が止まってくれなかったのです。ああ、全部無駄だった…その考えがぐるぐると頭をまわりながら。

「高校受験なんて人生のほんの一部でしかない」大人たちはそう言います。でも、それは受験を長い目で見られるような頃になったからこそ言える言葉なのではないでしょうか。高校受験の合否は、中3の私たちにしてみれば死活問題にすらなり得るのです。運命が決まる、と。それこそ、全身全霊をかけて臨むようなものなのです。大げさではなく… だから、「高校受験なんて人生のほんの一部でしかないのに、そんなに落ち込んでるのバカみたいだよ」という“励まし”は励ましには聞こえず、「理解してもらえないんだ」という絶望の一部になってしまいます。落ちて泣いていたら、そっとしておいてほしい。見ないでほしい。それが私の本音でした。笑

さて、“無駄”となった国立の勉強。でもそれまでの毎日の勉強が習慣となっていたのか、難しい問題に触れているのが当たり前になっていました。でも、お前は落ちたんだこんな勉強全部無駄だ、と言い聞かせて、必死に県立向けの勉強をしました。大量に覚えた英単語はひとつも出てこない英語の長文。ケアレスミスを1つするとおしまいになってしまうような難易度の数学。… でも点数は今までよりもはるかに高く、まずまずのモチベーションを保つことはできました。

そんなこんなであっという間に月日が過ぎ去り、とうとう人生最後の高校入試の日に。相変わらず緊張は無く、若干の眠気も感じながら、頭の中で念仏かのように(いける、いける、いける…)と繰り返しながら、入試開始。

 

 

終了直後、本当に泣きそうでした。ああ、終わったな…と。私はテスト中に前の教科の出来を気にして引きずったりはしない代わり、終わった後はずっと引きずって弱気になるタイプでしたから、入試後は解放感とともにモヤモヤが常にありました。

 

 

ある程度覚悟を決めて合格発表を見に行ったところ、私の受験番号は…まさかの、ちゃんとそこに書かれていたのでした。信じられなくて、少なくとも10回は確認しましたが…

実は今年、問題が異常に難化。英語では、大量の注釈がついた長い長文に時間をとられ、時間内に解ききれなかった受験生も多かったと聞きました。まさか、それが自分にとって吉と出るとは…  そういえば、大量の注釈をほぼ見ないで長文読みきれたなあ…と思い返し、そこで気付きました。無駄だったはずの大量の英単語、こうやって役に立ってくれていたんだ、と。他にも難化した教科がありましたが、問題をちらっと見てみると、国立の勉強をしていたときの知識がところどころに役立っていたのです。

 

高校受験を通して思ったこと。

私は一度、失敗しました。それまでの勉強は全部無駄だったと思いました。でも、気付いたらそれらは役に立っていた。努力したって目先の直接の目的の達成へと結びつかないことは多いけれど、意外と無駄なことは少ないんじゃないか、と思います。努力は、時によっては元々の目的よりもあとにある目的の達成に役立っているのではないでしょうか。

成功ばかりの人生だったらさぞかし楽しいだろうな、なんて考えたこともあります。でも、全て終わってみれば、落ちるという経験があったからこそ、受かったとき大きい喜びと安堵を感じたのではないかと思いました。成功が当たり前のなかで常に「まあまあの幸せ、まあふつう」くらいで生きるのも安定感があって良いのかもしれないけれど、失敗と成功があって、そんな中で浮き沈みしながら生きるのがほとんどの人間。確証のない「大丈夫」がこの世には溢れてるけれど、本当に、意外と大丈夫なのかもしれない。そう思ったのでした。

 

 

 

 

 

こんなバラバラした文章を読んでいただきありがとうございました。

高校頑張ります!

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