いま、死にたいと思っている人へ。

昨晩ブログにしたのですが、私は「死のう」と決意したことが19年間で2度だけあります。他にも「死にたい」となんとなく思うことはあったけれど、この2回のうち1回は結構直前までいきました。
→詳しくはコチラ「自殺についての話」

今回は「自分が死にたいと思っていたときに聴きたかったこと」そして「いま死にたいと考えている人に伝えたいこと」をブログにしようと思います。

「死にたい」の言葉は受け入れてもらえない

いまの世間、なかなか「死にたい」という言葉は受け入れてもらえません。
本人がどれだけ苦しんでいたか悩んでいたかなんて考えずに「自ら命を絶つなんて」「家族に失礼だと思わないのか」「世の中には生きたくても生きられない人がいるのに」なんて言ってくる人は、一定数いるのです。
死にたい人は死にたいと表現することさえ許されず、ただただ孤立していってしまいます。

もちろんそういう人を責める人ばかりではありません。けれど、人の耳というのは難しいもので、嫌な言葉や否定的な言葉ほどきこえてしまうんですよね。

本当は「死にたい」という言葉の中に無数のメッセージが込められているかもしれないのに。本当は死にたいんじゃなくて叫び方がわからないだけかもしれないのに。その「本当の言葉」を汲み取ってくれる人というのはとても珍しいものなのです。

生き続けるには、逃げ道が少なすぎる。

私は「逃げ」を否定的にとらえてはいません。戦うのと、守るのと同じ、選択肢のひとつだと思っています。
私がとった数々の行動……例えば不登校であったり転校であったりは、人によっては「逃げだ」と言う人もいます。たしかに私はいじめてくる集団から逃げました。学校から逃げて家にこもり、家から逃げて学校にこもりました。逃げ続けてきた人生なのかもしれません。

けれど世の中には、何故か「逃げ=ダメ」という方程式が存在します。

苦しい場所でガマンしても、つらいだけです。よりよいアイディアは生まれないし、だったら自分を活かせる(と感じれる)場所で努力したほうがどんどん自分で考えるしよりよい方向に向かっていけるんじゃないでしょうか。

逃げたっていい。戦わなくたっていい。挑まなくたっていい。
もちろん、逃げなくたっていい。戦ったっていい。挑んだっていい。
失敗したら泣いていい。怒っていい。心の中で自分を殴ったっていい。
何度でも、やり直しはきくから。そもそもやり直しなんて必要のない、大切なあなたの一部だから。

自由に選んでいい。

それだけの、ことなのに。それだけのことが、どうして許してもらえないんでしょうか?どうしてダメだと言われるのでしょうか?

あなたの逃げを否定する人は、あなたが逃げなかったあとどうなろうがどうしようが責任を取ってはくれません。自分の言葉の重さを内省してはくれません。
だから、自由に選んでいいんです。誰に何を言われようが、あなたがやりたいようにしていいんです。

自殺はしてはいけないこと?

私は自殺を否定してはいませんが、肯定してもいません。
理由は単純で、死んだらもう会えないからです。抱きしめられないからです。それだけです。

私が死のうと決意した後、その凍りついた心を溶かしてくれたのは人のやさしさでした。世の中には絶望的なくらい残念な人たちばっかだけれど、その中でもたまに、すごーくたまに、素晴らしい人に出会えて。その出会いがあるから、私は今も生きています。
初めて人を抱きしめたとき、涙が出そうになりました。
抱きしめるだけで、ハイタッチをするだけで、誰かと一緒にいるだけで、人はこうも癒されるんだと。こうも、幸せな気持ちになれるんだと。

できることなら、死ぬという選択肢をとらずに楽になれる方法を一緒にさがせればと思っています。
すべての人を抱きしめていくことは私にはできないけれど。笑
あなたが誰かを抱きしめる日がきれくれればと、そう思っています。

いま、死にたいと考えている人へ。死にたい気持ちとの向き合い方

「死にたい気持ち」の根本にあるもの

「死にたい」と人が言う時、本当に「死にたい」と思っている人はどれだけいるんでしょうか。

  1. いなくなりたい
  2. こわい
  3. 今が続くくらいならやめた方がマシ
  4. 意味がない

などなど、ここには挙げきれませんが、同じ言葉でもその真意はさまざま。

自分の「死にたい気持ち」と向き合うには、まず死にたい気持ちの根本にある「願い」を見つめる必要があるんじゃないでしょうか。
ちなみに私の場合は「生きたってどうせ苦しいだけならここでやめた方がいい」と考えていました。
そこから、環境を変えたり、あるいはその環境の中でも自分の世界を守る方法を模索したりと、「生きながらえるにはどうしたらいいか」を考えられるようになったのです。

もちろん、ストレートに「死にたい」という気持ちの人もいるでしょう。そういうときは「何故死にたいのか」を考えてみてください。
学校。仕事。無力さ。いろいろありますね。いろいろあるけれど、「何故死にたいのか」が分かれば、ひょっとしたら死なずに済む方法が見つかるかもしれません。

「死ぬ」ってのは人生においては最終兵器です。神器です。最後のお助けキャラです。
お助けキャラを使わずに、ストーリー攻略してみませんか?

いま、生きている理由。呑みに行こう!その約束が守りたくて

私は高校生のとき、同じ部活の友達と「2017年2月27日に呑みに行こう」という約束をしました。お互いのカレンダーにはしっかりと書かれていて、数年後の話がもう今では来年の話になっています。

今の私は、死にたくないわけではありません。生きたいわけでもないかもしれません。生きたってしょーもないし、苦しいことだらけだからです。なんでこんなに頑張ってるのか、たまに分からなくなることがあります。

でも私は、約束してしまいました。来年の2月、20歳になった後に呑みに行くと。
他にも数人と「20歳になったらお酒飲みに行こうね」「この夏に一緒に出かけようね」などざっくりとした約束をかわしています。
その約束を果たすまでは、どうやら私は死ぬことはできないようです。笑

最後に:どうしてもあなたに伝えたいたった1つのこと。

長くなりましたが、最後にひとつだけ。

あなたのために泣く人がいます。

あなたが死んだとき、泣く人がいます。あなたがいなくなったとき、泣く人がいます。
「だから死なないで」というわけではありません。否定も肯定もしません。
ただ、事実として。知っていてください。

あなたのために、泣く人が、絶対にひとりはいます。
鷹れん

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