不登校は、不幸なのか?

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こんばんは、鷹れんです(*´`)
私は現在大学二年生、中学一二年生のときには不登校の期間がありました。
中学一年生の二学期と、二年生の一学期です。

先日、物心がついたときから中学生までの話をさせていただく機会があって、不登校だった頃の話も少しだけお話ししました。

両親からのプレッシャー、兄との不仲、家にも居場所はなかったこと。

父からの言葉。母からの言葉。
学校でされたこと。
親族の自殺未遂。

不登校から6年ほど経った今でもフラッシュバック等に苦しめられていること。
苦しみながらもこうして「10代のための居場所づくり」に取り組んでいること。

たくさんのことをお話しして、相手の方を涙ぐませてしまったりもしたのだけれど、私自身すっきりさせてもらいました。

そんな私ですが、以前は不登校の話はあまりしたくありませんでした。
「かわいそう」「不幸」
そう言われるのが怖かったからです。

不登校は、不幸なのか?

「不登校」
この言葉に、あなたはどんなイメージを持っていますか?

たいていの人にとっては「学校に行く」人が圧倒的にマジョリティ(多数派)です。
そして私は、「学校に行かない」というマイノリティ(少数派)です。

学校に行かないことにはなにか理由が必要で、目指すべきゴールは「学校に行くこと」で、学校に行かなければほかの権利(遊ぶ、出かける、好きなことをする)を侵害されても文句は言えません。

学校に行かなくても勉強はできるのに。
学校に行かなくても友達と出会えるのに。
学校に行かなくても居場所はつくれるのに。

学校に行かずに勉強する方法や、人と出会う場や、居場所。
それらを教えてくれるおとなたちは、私のまわりにはいませんでした。

そのことは、ひょっとしたら不運だったのかもしれません。
いじめを受けたことも、すぐに転校できずに学校に行くしかなかったことも、不運だったのでしょう。

「学校に行かなくたっていいんだよ」
その言葉をかけてくれる人が、中学生のときの私のそばにいたら、もしかしたら私はもっと別の生き方を選んでいたのかもしれません。

けれど私は、あの時代を「不幸」だとは思いたくありません。

不登校は、私にたくさんのものを与えてくれました。
いじめを受けた経験があるおかげで、誰かに敵意を向けそうになったときにストップをかけることができます。
不登校の経験があるおかげで、「学校に行きたい」という人たちのための居場所づくりに取り組めています。

たくさんのものを失ったけれど、たくさんのことを得ました。

不登校のおかげで優しくなれた、とは思いません。
私が優しいのだとしたら、それは私に優しくしてくれた人のおかげだからです。

不運だったのでしょう。とても不運な人生でした。
けれど、不幸ではありません。今も、昔も。

幸せかどうかは分からないけれど、「生きててよかった」と今では考えています。
鷹れん

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