「諦めない」ことは無条件に「正しい」ものなのか

諦めなければ夢は叶う。諦めたらそこで終わり。

そんな言葉をよくききます。

たしかに諦めなければ夢が叶う可能性は0%にはなりません。諦めなければ自分の中では終わりにはならないのかもしれません。

けれど、「諦めない」というものは、無条件に正しいものなのでしょうか。諦めることは悪いことなのでしょうか。諦めないことは本当に美しいのでしょうか。

私はたくさんのことを諦めずにやってきたけれど、それよりも諦めたことの方がずっとずーっと多いです。そんな私は、忍耐力の無い人間なのでしょうか。

「諦めない」に関して鷹れんが思うこと

 

「諦めないこと」が目的になってない?

「諦めない」

それ自体は、とても素敵なものだと思います。私は忍耐弱いしメンタルもへにょんへにょんだから、しんどくなったり疲れるとすぐなにかをやめたり捨てちゃったりします。

けれど私が「素敵だ」と感じるのは、諦められないくらい強いその人の「気持ち」です。

将来こんなことをしたいんだ。いつかこんな人間になりたいんだ。○○を目指して今こんなことをやっているんだ。・・・えとせとら。彼たち彼女たちの、自分が信じる道を真っ直ぐ駆けていく姿は、なんだかまぶしいです。

「諦めない」ってなんでしょう。頑張ること? 走り続けること? きっと「諦めない」って気持ちや行動の先には、なにか叶えたい夢とか目標がありますよね。それがなければそもそも「諦めるかどうか」なんて二者択一の状況さえ成立しないのだから。

でも、一度立ち止まって考えてみてください。

あなたが歩いているその場所は、本当に、先に夢が待っている道ですか?

諦めないこと自体が目的になってはいませんか?

これまで、たくさんの時間を費やしたでしょう。かけがえのない青春時代の全てをそれに捧げた人もいらっしゃると思います。

その過去にしがみついてはいませんか? 「あれだけやったんだから今さら諦めるにはいかない」なんて、ある種の意固地になっていませんか。

私には、そういう「諦めない」がありました。

高校生のときどうしてもソリの合わないクラスメートがいて、普段ならそんなのさっさか不快じゃなくなる距離まで離れるのですが、部活が一緒で。しかも相手も私も副部長(副部長2人の部長1人でした)。学校内での付き合いなんてごまんとあるのにそこに固執してなんども話し合いの時間を設けたりして距離を縮めようとしていました。

けれどそれって、お互い好きでやってることじゃなくて。「後輩のため」とか「部活のため」とかいろいろ並べたけれど、結局は「イヤな我慢」でしかなかったんですよね。

イヤな我慢からいい効果が生まれるはずもなく、結局ピリピリしっぱなしでした。イヤ~な感じ。

もう諦める諦めないみたいな話ではなくて、単純に「意固地」になっていたんです。このまま終わらしてたまるか、ここまでためてきた不快感やらモヤモヤやらピリピリやらを無駄にしてたまるかーって。

部員が二人だけなわけでもないのに。もしかしたら部員としての最低限度の付き合いだって割り切って無駄な争いしないほうが楽だったかもしれません。多分、そっちの方がまわりの部員もより楽に楽しく活動できていたと思います。みんな、ごめんね。

勿論「諦めない」という想いのほとんどはそうではないと思います。

本気で叶えたいなにか、達成したいなにかがあって、そのために自分のいろんなものを捧げて本気で取り組んでいる人がほとんどだと思います。

けれど、実際には「本当は諦めたい」って思いながらやっている人もいるかもしれません。しんどいし、本当はやめたいけど、これをやめたらなにも残らない。もうあれだけのものを犠牲にしてきてしまった。だから今さら戻れない・・・。そんな苦しい思いを抱えながらする「諦めない」という行為は、なんだかつらくありませんか? 見ていて勇気をもらえるような姿では、ないんじゃないのかなぁ。

頑張り続けるのは、しんどい。

どんなに燃費のいい車でも永遠に走り続けることは出来ません。

どこかで給油をしなくてはいけないのです。

人間も同じこと。24時間365日ずっと走り続けるなんて出来ないのです。どこかで水分を補給しなくてはいけないしどこかで休息をとらなくてはいけません。

諦めないことと休まないことは違います。

きちんと休みをとるからこそ、諦めないでいつづけることが出来るのではないでしょうか。

筋トレだって毎日やりゃいいってもんじゃありません。トレーニングと休息をしっかりと交互に繰り返すことで、筋肉はより大きく強くなっていくのです。それと同じこと。

頑張り続けるのは、誰だってしんどいです。365日これしなさいあーしなさいなんて言われたら誰だって投げ出したくなります。

何事も諦めないで続けていると、そのうち「やりたくはないけどやらなくちゃいけないこと」が出てくると思います。

私は計6年ほど硬式テニスをやったのですが、途中で筋力不足、スタミナ不足の壁にぶちあたりました。筋トレも走りこみもイヤだったけど、テニスが好きだから続けました。

結局今でも筋肉もスタミナも少ないほうだと思うけれど、筋トレ嫌い・走りこみ嫌いの私にしてはよく頑張ったと思います。

そうじゃなくても、「諦めない」ということには数々の壁が存在するのです。モチベーションの低下や他の娯楽の誘惑、伸び悩む時期、己の課題とぶつかる瞬間、越えられない壁の存在を知るとき――全部の壁が全力でぶつかれば壊れるものではありません。高さはすごいけど幅はたいしたことのないものかもしれないし、よくよく見たら隠し扉があるかもしれません。振り向いてみたらはしごをもったオジサンが立ってるかも!

つまり何が言いたいのかといえば、「諦めない」っていう言葉には「頑張る」って意味だけじゃなくて「一度立ち止まって考える」って意味とか「休息する」って意味とか、いろんな意味が含まれているかもしれないよってことです。

走るだけがトレーニングじゃないですからね。一歩立ち止まって振り返ってみたら、意外な近道があるかも。まぁ焦らずに、とりあえずコーヒー一杯飲んでみましょうよ。さっきまで見えなかったなにかが、見えるかもしれないよ。

諦めたくない、その気持ちには価値がある

とまぁここまでなんやかんや言ってきた私ですが、最初に書いたとおり、別に「諦めない」こと自体を否定的にとらえているわけではありません。

「諦めたくない」「諦められない」

覚悟をもって取り組んでいる人の姿は、いつだってまぶしいものです。輝いています。

でも、「諦めない」って言葉を無意味に「正しい」って思いすぎちゃうと、苦しくなってしまうかもしれません。疲れたときくらいには「ここで諦めたら・・・」なんて考えずに、そこらへんのベンチに腰掛けましょうよ(*´`)

明日、私のかつての後輩が演出・舞台監督を務める舞台を観にいってきます。彼らは、いろんなことに悩み苦しみながら、それでもひとつの作品をつくりあげてきました。それはまさに「諦めない」姿。

高校時代の純粋な気持ちを思い出して、こんなブログを書きたくなりました。

高校演劇といえど、舞台は舞台。先輩としてではなく、ひとりの観客として、楽しんでこようと思っています。

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全2件のコメント

  1. 鷹れん 2016/4/24 23:40

    はるなちゃん
    毎度コメントありがとう♡楽しく拝見しております

    悩んでしまう人や深い傷を心に負ってしまう人には、正義感というか責任感というか、「立ち止まっちゃダメ!!」みたいな気持ちがおおきい人が多い気がします
    もちろんそれ自体はとてもステキだと思うし大切にしてほしいけど、だからこそ苦しくなっている姿を見ると胸が苦しくなるというか。

    桜はもう散ってしまったけれど、足元を見ると黄色やピンクの花がいくつも顔を出しています
    たまには前を見るのをやめて、足元見ながらとろとろ歩いてみるのもいいんじゃないのかな

  2. はるな 2016/3/23 23:30

    ちょうど今日、「諦めない」に囚われていたなと自覚したので、この内容がupされて、びっくりしました。
    「頑張り続ける」「立ち止まってはいけない」
    この気持ちがわたしは無意識に強くなってて、首を絞めてたな~と思ったの。
    だから。【休息することも、立ち止まることも、諦めないことのひとつ】
    というのが妙にすとんときました。
    ちょっとベンチに座ってみようかな。ひなたぼっこが似合う季節だしね。
    お花見でもしてみようかな。

    ありがと。明日からまた、いい意味で頑張れそう。

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