私は自分で選ぶことを恐れた。けれど、選ばなければ責任さえも取れやしない。

私はずっと「選ぶ」ことを恐れていました。

中学三年生の夏休み。オープンキャンパスで見学に行った高校に一目惚れして、志望校を決めました。
半年ほど不登校の期間がある私の通知表はそりゃもう酷くて、内申点なんてとても見れたものではありませんでした。そんな私にとってその高校は正直すこしムリのある難易度で、母親からは「ムリだよ」と何回も言われました。
父親はと言えば、いつもは全然家庭を顧みないくせにこういう時だけ勝手にネット上で情報を漁ってきては「評判悪いぞ」「本当に大丈夫なのか」と要らぬ心配をしてきて、無事合格してからも、言われたのは「おめでとう」ではなく「ムリだと思ってた」でした。

私の親は、質問するときには答えを持っています。常に私をコントロールしようとしてきました。
高校二年生の秋、父親が模試のチラシを持ち帰ってきました。
私の通っていた高校は就職を重視した学校で、模試などの取り組みはあまり強くは無かったのもあったのでしょう。でも当時の私にとって模試は「実力なんてない」ということを突きつけてくるものでしかありませんでした。
どうせできないに決まってる。
少しだけ勉強を好きになり始めてきた今、まわりとの差なんてものを見せ付けられたら、また私はあの頃の私に戻ってしまう。
そう感じて断りました。
その翌日、学校から帰ってくると部屋にはビリビリに破かれた模試のチラシが散乱していました。

包丁で脅されたこともあります。
無理矢理腕を掴まれて火に近づけさせられたこともあります。
部屋のチェーンロックをかけられて閉めだされたこともあります。
食事が私の分だけ出なかったこともあります。

私がなにかミスを犯したり親の言いつけを守らなかったりすると、親は私を厳しく罰します。
物心がついたときから既にそうだったから、それが当然だと思っていました。間違えた私が悪いのだと。全て私が悪いのだから、親を責めてはいけないと、そう感じていました。

けれど本当は、私は責任から逃げていただけだったのかもしれません。
最近、生まれて初めて親に自分の気持ちを伝えました。虐待を受けたと思っていることや、20歳になったらすぐにでも家を出たいと思っていること、今まで言われた言葉のほとんどを覚えていること……家族を愛せないこと。全てを伝えました。
案の定父親は怒っているけれど、私は、やっと自分で自分の生き方を選ぶことができました。

自分で選んだ道だから、逃げ道はありません。
以前はつかえた「親のため」なんて免罪符も、「本当はあっちが良かった」なんて文句も使えません。

私はやっと、私の人生の責任を自分でもてるようになったのです。

「選ぶ」ということは、責任をとるということ。

今でも、「ごはんどこ行きたい?」「どこに遊びに行く?」「どれがいい?」と訊かれるとスムーズに答えられません。
期待はずれと落胆されるのが怖いのです。怒られるのを恐れているからです。

時には本当にどちらでもいいときもあります。
その人と過ごせるだけで満足だとか、どちらにせよ好みだとか。

けれど、本当は選びたいほうがあったのに我慢したことは数え切れないほど経験してきました。
本当はどこかで求めていたのに、伸ばした手が空を掴むのが怖くて、なにも残らないのが怖くて、見つめる背中が遠のいていくあの感情を二度と味わいたくなくて、私は自分で可能性を潰していたんです。

選ぶことで、失敗することもあります。
笑える失敗ならいいけれど、笑えないくらいの失敗をしてしまったときには後悔もするでしょう。
だから私が選ぶんじゃなかった、なんてまた以前のように考えることもあるかもしれません。

けれど、選ばなければ責任を取ることさえできないのです。
責任逃れだけは、したくないから。
私はこれからも、自分で選んで生きてゆきます。

鷹れん

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