レールから外れた人生

人生のレール
なんだかよく分からないけれど、この世界にはそういうものがあって、いわゆる「高校を出て、大学進学して、一般企業に就職して、結婚して、妻・夫と子どもで家庭を育んで、定年後は子どもに介護をしてもらいながらみんなに見送られて逝く」みたいな人生のことを言います。

わたしはいじめを受けて不登校になりましたが、実際には半年程度は不登校になれませんでした。行きたくなかったし心身ともに疲れきっていたけれど、行くしかなかったんです。
レールを外れるのが、怖かったから。

レールから外れることの恐ろしさ

わたしが初めて不登校になったのは、中学校一年生のときです。
学級委員で目立っていたことを理由に、「いけ好かない」「おとこおんな」「気に入らない」と卑下されました。掃除のときは班のメンバーが誰一人としておらず、移動教室などの連絡をわたしだけされなかったり、「学校に来なければいいのに」と言われたり、散々な学校生活でした。しかし当時のわたしにとって「学校に行かない」というのはどうしてもできない選択だったんです。

いい子で居られなければ、捨てられてしまうかもしれない

ずっとそう意識してきたわけではありませんが、今思えばこの考えはすごく強かったです。放任主義と言えば聞こえはいいものの、実態は放っておかれる毎日。
クラスで賞をとった日も、テストで満点をとった日も、授業で先生にほめられた日も、わたしは何一つ両親に話すことは出来ませんでした。仮に話したとしても母親は「わたしはもっとすごいことをした」と自慢をしてきて、父親は「満点を取り続けるのが難しいんだよ」と更なる課題を突きつけてきたり、19年間の中で一度も認められることがありませんでした。

少なくとも、「存在そのもの」を認めてくれることはありませんでした。
存在しているだけであなたが愛おしいんだよ。出来ないことがあってもここへ帰ってくればいいよ。
そんなメッセージは一切受け取れず、ただいつも結果を評価されてきました。

けれど学校でのいじめは一切収まらなくて、無力なわたしにはどうしようも無くて、結局は両親に「学校でいじめを受けている」ということを伝えました。
どれだけ惨めだったか。どれだけ恐ろしかったか。どれだけ恥ずかしかったか。今でも鮮明に記憶が刻み込まれています。

一時は不登校を許してもらえて(そもそも許す許さないでなく学校に行かないのも子どもの権利の一つなのですが、そんなことを教えてくれる大人は居ませんでした)、学校よりは安心できる家で過ごしていたのですが、一ヶ月もすると親からの「学校へ行きなさい」というプレッシャーが重く圧し掛かってきました。
家ではゲームをしたりマンガを読んだり悠々自適に生活していたので、まわりから見れば「ただのサボリ」なんですよね。心の中は不安でたまらなくて両親に申し訳なくて毎日押し潰されそうだったけれど、そんなの他人からは分かりません。わたしは心の中の不安を取り除けないまま、再び学校へ行きはじめました。
結局はその後半年と保たずにまた不登校になってしまうのですが、転校を経て今では学校の先生を目指すまでに至りました。

人生にレールなんて無い!

世の中には「普通」と言われるものがあります。
毎日学校へ行き、大学へ進学し、就職し、結婚して子どもを授かって見送られる。それが、いわゆる「普通の生き方」です。

わたしはこの「普通」から外れるのがイヤで、ずーっと苦しい生き方をしてきました。
つらいことがあっても我慢して、妙に大人ぶって頼れる存在になろうとして。
でも、普通ってなんなんでしょうか。
人生のレールってなんなんでしょうか。

「生き方の決まっている人」なんていません。
学校に行くのか行かないのか。どんな仕事をするのか。どんな生き方をするのか。それらは全て、本人が決めることです。
中には、「家業があるから継ぐしかない」という方もいるかもしれません。でもそれだって、決定付けられているわけではないのです。
家業を継がずに都会へ出る人だってごまんといます。家業を継いで先祖代々受けてきたものを守る人だってごまんといます。結局は、「あなたがどういう生き方をしたいのか」ということではないのでしょうか。

これをしなくちゃダメとか、これをするべきとか、そういう考えはたーくさんあるけれど、その中のどれだけが本当にしなくてはいけないものなんでしょう。
人生のレールなんていう、見えない、あるかどうかも分からないようなものに固執して生きるよりも、自分の心の声を聴いて生きていったほうが何億倍も本気になれる気がします。

わたしだって、非難されることもあります。
10代のくせに生意気とか、女のくせに生意気とか、子どものくせに生意気とか。

正直、今でも「普通から外れる」というのは少し怖いです。
でもそれでも、わたしには叶えたい目標があります。たくさん。だからまわりの顔色を伺って自分の生き方をひん曲げている暇なんか無いんです。

これまでずっと、「しなくちゃいけない」「しちゃいけない」「するべき」といった考え方で自分を縛って生きてきました。
でもわたしの人生に一番長く付き合うのはわたし自身です。先生でも、両親でも、友人でもありません。誰がなんと言おうと、自分で選びたい道があるのなら、その道を進んでいきたいです。
そうしなくちゃいけないんじゃなく、そうしたいんです。だからわたしは、そういう生き方を選びます。

どうせ中学生のときにレールから外れちゃったみたいですからね。無理矢理戻ろうとするよりも、新しい道を開拓しちゃったほうが早そうですもん。
鷹れん

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