私は私に「生きてていいよ」って言えなかった。

こんばんは、鷹れんです(*´`)

皆さんは、自分の「存在価値」について考えたことはありますか? 私は物心ついたときから「生きてていいよ」と自分自身に言うことが出来ませんでした。今はその呪縛(?)からは解放されていますが、それでもつらいことがあったときやさびしい夜には「私は生まれてこなかったほうがいいんじゃ」なんて考えずにはいられません。

ずっと「存在価値」がないと思って生きてきました。

私はずっと、自分自身に「存在価値」がないと思って生きてきました。
毎日ブログを書いているとか、飲み込みが早いとか、人に教えるのがうまいとか、私自身の「できていること」「得意なこと」に対して価値を見出すことはできます。けれどその価値はとても危うくて、出来なくなった瞬間に「自分自身の価値」が分からなくなってしまうのです。

「生きてていいよ」と自分に言うことができませんでした。

「生きる価値なんてない」「私がしんだって誰も悲しまない」「これだけ苦しいなら生きるのなんてやめたほうがマシ」そんなことばかりを考えていて、ずーっと「いつしんだっていい」と思って生きてきました。
まぁ実際には、生きる勇気とおなじように死ぬ勇気もでなくて、生きてるんだかしんでるんだかよく分からない人生をおくってきたわけですが。最近になってようやく「生きる」ということを許せるようになってきました。

それは別に、「呼吸していい」とかではなくて。「楽しんでいい」「怒っていい」「悲しんでいい」とでもいうのでしょうか。私が私なりの感情をもって、私なりに選択して、私だけの人生を歩むことを、許せたんです。
それまでの私の人生は8割ちかくが親のご機嫌取りでした。
親を不機嫌にしてはいけない。親をいらだたせてはいけない。親を失望させてはいけない。親の言うことはすべて従わなくてはならない。

すこしずつ、すこしずつ「親」と「私」の関係性を変えてきました。

存在そのものを認めてもらえない苦しみ

私の両親は、私の存在そのものを認めてくれたことがありません。

両親は私の行動ばかりを見てきました。

言うとおりに行動したからいいとか、言いつけを守らなかったから悪い子だとか、私がその行動をとった理由や「今どんなことを考えているのか」なんていう内面的なことは一切見ずに、常に私を評価してきました。

できない私を認めることができないのは、その経験もあってこそだと思います。
どんな人も、父親と母親がいて初めてこの世に生をうけることができます。母子・父子家庭だとしても、施設に預けられたとしても、あなたが生まれたということはあなたの父親と母親がいたということです。

私は幸い(?)両親が健在なこともあって生活に困るような場面はありませんでした。塾、水泳、テニス……半強制的なものもありましたが(汗)たくさんの習い事をすることもできたし、今もこうやって大学に通うことができています。

しかし「存在そのものを認めてくれない・愛してもらえない」というのは中々にしんどいです。

多少オーバーワークだとしても「できない」と言うのは抵抗があるし、「やりたくない」なんてもっと言えないです。今でも家族に伝えたいことの1割も伝えられていません。私が我慢すればいいと思って生きてきたからしょうがないのですが、心の隅っこには「少しくらい察してくれてもいいじゃん」という両親を責める気持ちだってあります。そして「両親に『両親としての役割』を諦める」と決意しておきながら親を責めてしまっている自分自身を見て、また自己嫌悪に陥ります。その自己嫌悪がたたって体調不良をきたしたり思うように集中できなくなってしまうともう大変、「できない自分には価値が無い」という言葉が頭の中を駆け巡り、私の心を蝕んでいきます。

やっと信頼できる人に「しんどい」とか「できない」とか言えるようになってきたけれど、やっぱり初対面の人の前じゃかっこつけちゃうし中々弱音を吐くことができません。

存在価値を決めるのは一体誰なんだろう

「存在価値」を決めるのは、一体誰なんでしょう。自分でしょうか、まわりの人でしょうか、それとももっと別の何の関係も無い人々なのでしょうか。
私は私の存在価値を見出すことは出来ませんでした。今私が生きているのは、まわりの人々のおかげです。

人が人を愛することができるのは、人に愛された経験があるからこそだと思うのです。愛されるあたたかみを知るから、愛するあたたかみを知ることができるのではないでしょうか。
私はあいにく私の両親には「存在していることの尊さ」を教えてもらうことは出来なかったけれど、当サイト・ティーンズプレイスやその他いろいろな場所・繋がりを通して、いろいろな人から「生きてていいんだよ」と言ってもらうことができました。

きっと人の存在価値を決めるのは他人じゃなくて、その人自身です。
けれどひとりだけで「存在そのものの価値」を見出すというのは、簡単なことじゃないんじゃないでしょうか。
だから人は人とコミュニケーションをとっていくのではないかなぁ。

「生きてていいんだよ」
いつか人に、そういえる人になりたいなぁ。

鷹れん

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