「理想の自分」をもっておくと生きるのがすこし楽になるかもよ?

あなたには「理想の自分」がありますか?
わたしは持っています。今だけを生きるのは、わたしにはつらすぎるから。未来を見ていないと、生きるのをやめてしまいそうだったから。生きる理由がないと、今いる場所さえ分からなくなりそうだったから。

わたしにとって「理想の自分」というのは、生きるための支えのひとつです。

わたしの「理想の自分」

わたしには色んな理想があります。曲がりなりにも「教育者」を志しているので、変化できる人でありたいし、自分が間違うということを知っている、わたしには知らないことがあると常に自覚できている人でありたいです。
もしも未来タイムマシーンが出来たとして、過去に行ったとして、あるいは過去のわたしがこっちに来たとして……そういうときに「今のわたし? 好きですよ!」と胸を張って言える人間でありたいです。
他にも、数学に関しては誰にも負けないくらい豊富な知識を持っていたいし、日のあたらない役割もそつなくこなせる人でありたいです。

いろいろあるけれど、「一番は?」と訊かれたら、「気遣わせないための気遣いができる人」でありたいです。

部屋に誰かを招いたときには帰る前にそっと靴を履きやすい位置に揃えておくとか、朝誰かが来る前に部屋の掃除を済ませておくとか(これは高校生時代からのクセだったりします。笑)、洗面所をつかった後は必ず軽くでも拭いておくとか、内輪ネタに突入したときは補足情報を加えて置いてけぼりを出さないようにしたりとか、挙げればキリがないくらいに「気遣い」というのはたくさんあります。
そんなたくさんの気遣いの中でも、特に「気づかれない気遣い」「気遣わせないための気遣い」というものが大好きです。

けれど別に、「そうじゃなきゃいけない」と考えているわけではありません。

変化できる人ではありたいけれど、どこかひとつ芯をもった人でもありたいです。間違うということを知っている人ではありたいけれど、だからといって「間違えること」を当然にしたくもありません。回避できるリスクは回避したいし、二度同じ間違いを犯すことはしたくないです。

変化についても、間違いについても、自分を「好き」と言えるかどうかも、すべて「できたらいいな」ってくらいです。

今は数学の教員を目指して大学で勉強をしています。それだって、たまたま自分の好きなことが「教えること」と「数学を学ぶこと」だったから両方叶えられるものとしてやっているだけであって、それを凌駕するくらいやりたいことが見つかったら道を変えることだってあっていいと思います。別に社会人経験を積んでから教師になったっていいわけですし、産休・育休の先生方の代理として勤めてから考えてみてもいいかもしれません。

年齢によって難易度は変わってくるものかもしれないけれど、人生はいつだってやり直せます。やり直せないのは命くらい。ケガをしたってきちんと治療すればいいし、絶縁状態になってしまった後でも死に別れでない限りいつだってまた信頼関係を築くことができるのではないでしょうか。少なくとも「不可能」にはならないはずです。

「理想」に正解はない

各々がもつ「理想の自分像」に正解はありません。10人いれば10通りの「理想の自分」があるでしょう。

私は「変化」に重きを置いているけど、「芯の通った人間になる」ということに重きを置く人もいるでしょう。どちらが正しいとかどちらが間違っているという問題ではなくて、いうなればどちらも正解なのだと思います。

「今」が理想だと思うのならそれもひとつの選択肢、無理をして変わろう・変えようとする必要はありません

実はわたしにとって「正解がない」というのはすごく心細いことです。
ずっと「誰かの正解」を基準にして選んできました。
自分自身の感情はアウトオブ眼中で、親はどう思うかな、先生はどう行動してほしいのかなということばかり考えてきました。
おかげで「人の感情の機微」にはだいぶ敏感になれたけれど、「自分の感情の機微」には鈍感になってしまいました。わたしの感情の機微に気づいてくれる人に出会えたおかげでどうにか戦線離脱せずにいられるけれど、やっぱり「自分がしたいほう」を選ぶのには勇気がいります。

別に「欲が無い」というわけではないのです。ただ、こわいんです。「え、そっち?」と失望されることが。失敗した責任をとることが。わたし一人で済む問題であればささっと選べるのですが、「人に見られている」「人と関わる」というときにはなかなか選ぶことができません。

正解があるなら、簡単なのに。
しかし実際には、何かを選ばなければいけないときには今回の理想と同じように「正解の無いもの」がほとんどです。あら困った、これまで何かを選ぶときの指標だった「正解・不正解」が指標としての役割を果たしてくれません。

もちろん昔よりは「自分のやりたいことを選ぶ」「好きなほうを選ぶ」ということに対する抵抗は少なくなりました。でもそれでも、ゼロではありません。いつだって「こっちがやりたいです」と言うのにはとてつもなぁぁぁぁぁぁぁぁく大きな勇気がいります。

「役に立たない」「任せられない」「迷惑」だなんて言われたらどうしよう。どうせわたしにはできることなんて一つも無いんじゃないのか。
いつだって心の中は不安でいっぱいです。

そんなわたしですが、少しずつ成長できています。「できること」は格段に増えたし、その分「やりたいこと」も増えました。今だって心の中は不安ばかりだけれど、「これなら任せてください!」と言えるものもほんの少しですけどゼロではなくなりました。
一歩ずつ、半歩ずつではあるけれど、「理想の自分」に近づけているのかもしれません(*´`)

鷹れん

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